【おとなの読感文#1】夕凪の街 桜の国|こうの 史代

【おとなの読感文#1】夕凪の街 桜の国|こうの 史代

先週、前々から気になっていたマンガを購入し、即読了しました。
こうの史代さんの『夕凪の街 桜の国』です。

夕凪の街 桜の国
昭和30年、灼熱の閃光が放たれた時から10年。ヒロシマを舞台に、一人の女性の小さな魂が大きく揺れる。最もか弱き者たちにとって、戦争とは何だったのか……、原爆とは何だったのか……。漫画アクション掲載時に大反響を呼んだ気鋭、こうの史代が描く渾身の問題作。

はじめに

前々から気になっていてなぜ買わなかったかというと、やはりテーマがテーマだけにどこか構えてしまうところがあったから。

ご存じの方も多いと思いますが、作品のテーマは「広島」「原爆(被爆)」です。

一応言っておきますと、私は広島に1回、長崎に2回行ったことがありまして、もちろん原爆資料館も訪問しました。

原爆の壮絶な実態はいくつもの写真や絵・映像を通して事実として認識しているつもりですが、やはり関連する作品に触れるとなると、つらい想いに駆られたくないという「逃げ」の気持ちが表に出てしまい、遠ざけてしまう自分がいました。

そんな自分がなぜ『夕凪の街 桜の国』を手に取ったかというと、、、特に理由はありませんでした。

「ふと、購入した」
としか言えません。

購入のきっかけはさておき、とにかく心に残り、また考えさせられる内容でもありましたので、「読書感想文」という大仰なものではないですが、読んだ感想を共有したいと思います。

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『夕凪の街 桜の国』を読み終えて(ネタバレ控えめ)

『夕凪の街 桜の国』という、2つの言葉を並べたタイトルのとおり、「夕凪の街」と「桜の国」の2つの章(厳密には章は3つ)に分かれています。

「夕凪の街」は、広島に原爆が投下されてから10年後の話。
さらに、「桜の国」は、さらにさらにあとの話。

2つの章は完全にリンクしています。
「桜の国」は、「夕凪の街」があって成り立つ物語で、「夕凪の街」があるからこそ物語に奥行きを持たせてくれます。

読了後、とてもやりきれない想いが巡ります。
心のどこかに重りが置かれたような感じとでもいうのでしょうか。

ただ、これは決して「物語」ではなく、名前や姿は違えども、かつて実際に「そこ」にあった話であることに気付かされます。
そして、被爆の恐ろしさというものは、今もなお存在しているという事実を思い知らされます。

『夕凪の街 桜の国』を読んだ私にできることは、何十万という犠牲者の数字ではなく、そこで生きて暮らしていた(る)市井のひとりひとりに思いを馳せることと、それを死ぬまで忘れないことだと改めて思いました。

この約100ページの中には、多くの心に刻まれる言葉が詰まっています。

「夕凪の街」の終盤に、声にならない声で主人公が発した、

「やった!またひとり殺せた」とちゃんと思うてくれとる?

という、原爆投下者に対することば。

そして、「桜の国」の終盤で、主人公が発した、

このふたりを選んで生まれてこようと決めたのだ

という、父や亡き母を想ってのことば。

蒸し暑い夏、桜の花びらが散る季節にまた読み返そうと決めた、心に残る一冊でした。

まとめ

『夕凪の街 桜の国』は双葉社から発売されているコミックで、価格は2018年8月現在で864円(8%消費税込)。
電子書籍版であれば、少しお安く購入することができます。

ちなみに、私はKindle版を購入しました。

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終戦の日が近づくこの季節に、ぜひ読んでみてはいかがでしょうか。

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